エッセイ掲載のお知らせ

みなさん、こんばんは。
pecora nera BLOG 管理人です。
いつもこのブログをご覧頂きありがとうございます。

さて、
小川光生のエッセイ「時間(とき)は平等だ」が
「季刊文科」に掲載されました。


季刊文科 47
季刊文科 47 鳥影社 1,050円(税込)

みなさん、ぜひご覧下さい。
どうぞよろしくお願いいたします。

ケーブルテレビ出演のお知らせ

みなさん、こんばんは。
pecora nera BLOG 管理人です。
いつもこのブログをご覧頂きありがとうございます。

さて、
来月(2月)、小川光生が藤枝MYFC代表 小山淳さんの番組に
ゲスト出演させて頂くことになりましたのでお知らせいたします。

出演情報
放送局 :ビック東海 VICTOKAIコミュニティチャンネル
番組名 :小山淳のマイフェイバリットシティ (MY.F.C)
放送日時:2月上旬のほぼ毎日
放送日時詳細:
VIC TOKAI 番組表
MYFC内 小山淳のマイフェイバリットシティ(MY.F.C)

VIC TOKAI ケーブルテレビ(西静エリア)にご加入のみなさん、ぜひご覧ください!

収録時のことが小山さんのブログに紹介されています。
こちらもぜひご覧下さい。

よろしくお願いいたします。

藤枝明誠

明誠サッカー部、選手権準々決勝、関大一高に1−4で敗戦。国立まであと一歩、ベスト8での敗北は、本当に悔しい。ただ、明誠サッカー部の全国での歴史はまだはじまったばかりだ。その歴史の扉をこじ開けた選手たちに、僕は心からのエールを送りたい。君たちは、ユースの時よりも明らかに強くなっていた。チームは進化し続けていたよ。そして、多くの先輩たちが挑戦し、そのたびに跳ね返され続けてきた選手権出場という夢を成し遂げたんだ。だから、下を向いて欲しくない。胸を張って次のステージに向かって欲しい。本当の戦いは、これからだ。みんな、ありがとう。

サッカーとイタリア人<番外編>忘れえぬ名チーム2

 光陰矢のごとし…。本当にあっという間に年末を迎えてしまいました。今年は更新が滞ってばかりでした。来年は、もう少し何とかします。
 さて、今年のヴェネツィアのクリスマスは、まじでサンザンでした。突然、欧州を襲った寒波の影響で、水道管が凍結→破裂。イブの前に何とか復旧したと思ったら、24日夜中になって145cmのアックア・アルタが……。僕はカトリックなんでイブの夜中は必ずミサに行くのですが、今年は長靴をはいての出動でした。ともあれ、行けて良かった。
 さて、おそらく今年最後の更新になると思いますが、サッカーとイタリア人番外編、行きます。みなさん、どうか良いお年をお迎えください。Buon Anno!!!
 



ヴェルチェッリから3両編成の小さなローカル線に乗って20分。ディーゼル列車は、カザーレ・モンフェラートという名の小さな駅に付いた。僕が、この小さな駅に降り立ったのは2005年秋のこと。目的は、かつてカルチョの頂点に一度だけ立ったことがあるこの町のサッカーチーム、カザーレのクラブ事務所を訪ねることであった。カザーレが、選手権を制したのは、今から90年以上も前、13年―14シーズンのことだ。
このシーズン、カザーレは、まずリグーリア・ピエモンテ州の予選で、前季優勝のプロ・ヴェルチェッリを撃破。北部リーグでもジェノア、インテルを押さえ優勝し、決勝で中南部グループの覇者ラツィオと対戦する。この決勝戦で、カザーレは、ラツィオに北部チームの覇者の格の違いを見せつける。2試合合計で9−1(7−1、2−0)。かつては、北部と南部のチームの実力差は、かくも大きいものだったのだ。
 カルチョ黎明期の歴史に詳しいフリーライター、シルヴィオ・ピエールサンティ氏が言う。「カルチョ黎明期の強豪チームというのは、ほとんどジェノア、トリノ、ミラノの3都市を結ぶトライアングルの中から出ています。初代王者ジェノア、ミラン、ユヴェントス、プロ・ヴェルチェッリ、21−22シーズン優勝の“正統派(このシーズンは、連盟が正統派と分裂派の2つに分かれていた。ちなみに分裂派の優勝チームはプロ・ヴェルチェッリ)”の優勝チーム、ノヴェーゼ、トリノ・・・。22−23シーズン、ボローニャが優勝するまで、選手権のタイトルがこのトライアングルの外に出ることは一度もなかったのですよ。カザーレの優勝は、そんな時代に一つの置き土産と言っても良いでしょう。つまり、黎明期のカルチョは、この小さなトライアングルの中での覇権争いだったのです。もっとも、最近でもスクデットは、トリノ(ユヴェントス)とミラノ(インテル、ミラン)の2都市を常に往復しているようなものですがね(苦笑)」
 カザーレのクラブ事務所は、中心街の小さな建物の2階にあった。もし、その建物のテラスから、カザーレのトレードマークであるネーロ・ステッラータ(黒地に白い星が描かれたもの)の旗が揺らめいていなかったら、そこがクラブチームの事務所だとは思わなかっただろう。狭い階段を登ると、古ぼけた木製のドアが。そのドアを開けると、応接セットの置かれた大き目の部屋とデスクが一つだけ置かれた小さな目の部屋があった。壁には、勇ましいいのしし(カザーレのシンボル)が描かれた盾が飾られてある。優勝を記念した盾なのだろうか? その割には、全体がほこりで覆われ、かなりぞんざいな扱いを受けている感じだ。
部屋に入るや、デスクで作業をしていた初老の紳士が立ち上がり、僕のほうに近づいてきた。数日前から連絡を取り合っていたカルチョ・カザーレの職員、マッシモ・ロンドロージさんだ。
 ロンドロージさんが僕に語りかける。「狭い事務所でビックリしたでしょう? とてもかつてのスクデットチームの事務所とは思えないでしょうな(爆笑)。ただ、それも当然です。我々がイタリア・チャンピオンになったのは、もう90年以上も前の出来事なのですからね」
 1914年……。ヨーロッパでは第一次世界大戦が勃発した年であり、日本は大正3年。資料を見ると、東海道線の始発駅が新橋から現在の東京駅に移されたのが、この年の12月だそうだ。
ロンドロージさんの話が続く。「ヴェルチェッリでもそうだと思いますが、カザーレの黄金時代を覚えているオールドファンは、今ではもうほとんど生きていません。栄光の記憶は徐々になくなりつつあるのですよ。しかし、カザーレがかつてチャンピオンになったことは変わることのない事実。町のはずれにある『イタリア・チャンピオン大広場』に行きましたか? おそらく、この町以外の人にとっては、何の変哲もない場所だと思います。ただし、我々は、あそこを通るたびにこの町のチームがかつてカルチョでイタリアのチャンピオンになったことを知るのです。そう、カザーレの“白い星”がかつてカルチョという名の星空で煌々と光輝いていたという事実を」


 
その後、ロンドロージさんに、カザーレのホーム・スタジアム、スタディオ・ナターレ・パッリへと連れていってもらう。収容人員、わずか5000人。現代のサッカースタジアムとしては、あまりに小さい器(うつわ)だ。



しかし、そのスタジアムに流れる空気にはやはり独特の雰囲気があった。プロ・ヴェルチェッリの本拠地スタディオ・シルヴィオ・ピオーラのスタンドに立った時と同じ“歴史の重さ”、その種の感覚が、その小さなスタジアムのあちこちからにじみ出ているのだ。グラウンドの片隅には、事務所のテラスに掲げられていた物よりはるかに大きいカザーレの白い星の大旗がはためいていた。 



かつて、カザーレは、このスタジアムで近隣のプロ・ヴェルチェッリやイタリアサッカー黎明期の最強チーム、ジェノア、あるいはミランといった強豪たちとシノギを削りあっていたのだろう。グラウンドキーパーが操る芝刈り機の音を聞きながら、僕は、今から90年以上前、このスタンドで起こった大歓声を聞き取ろうと必死に耳をすませた。
(忘れえぬ名チーム3へ続く)

ラジオ出演 J-Wave Tokyo morning radio

行ってきました! J-Wave!

別所さん、熱い……かつ、かっこいい! 中学、高校、大学の大先輩です。

ヴェネツィアの話、カルチョの話、藤枝の話、MYFCの話、森パンのおばちゃんの話……。わずか15分でしたが、本当にたくさんのことを語らせていただきました。

別所さん、スタッフの皆様に、心から感謝です。これに懲りずにまた呼んでください!(笑)

J-WAVE TOKYO MORNING RADIOのホームページ内、
MORNING LOUNGEのコーナーに別所さんとの写真があります。
 J-WAVE TOKYO MORNING RADIOのサイトはこちら!   
ぜひご覧ください。
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