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    <title>pecora nera</title>
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    <description>フリーライター小川光生BLOG</description>
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    <title>エッセイ掲載のお知らせ</title>
    <description>みなさん、こんばんは。
pecora nera BLOG　管理人です。
いつもこのブログをご覧頂きありがとうございます。

さて、
小川光生のサッカー・ワールドカップ（Ｗ杯）南アフリカ大会関連エッセイが
7月17日（土）、静岡新聞夕刊に掲載されました。

みなさん、ぜひ...</description>
<content:encoded><![CDATA[
みなさん、こんばんは。<br />
pecora nera BLOG　管理人です。<br />
いつもこのブログをご覧頂きありがとうございます。<br />
<br />
さて、<br />
小川光生のサッカー・ワールドカップ（Ｗ杯）南アフリカ大会関連エッセイが<br />
7月17日（土）、静岡新聞夕刊に掲載されました。<br />
<br />
みなさん、ぜひご覧下さい。<br />
どうぞよろしくお願いいたします。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>Ｉnformation</dc:subject>
    <dc:date>2010-07-17T21:37:23+09:00</dc:date>
    <dc:creator>pecora-nera staff</dc:creator>
    <dc:rights>pecora-nera staff</dc:rights>
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    <link>http://blog.ogawamitsuo.com/?eid=1198520</link>
    <title>エッセイ掲載のお知らせ</title>
    <description>みなさん、こんばんは。
pecora nera BLOG　管理人です。
いつもこのブログをご覧頂きありがとうございます。

さて、
小川光生のサッカー・ワールドカップ（Ｗ杯）南アフリカ大会関連エッセイが
本日7月13日（火）、読売新聞朝刊10面に掲載されました。

みなさ...</description>
<content:encoded><![CDATA[
みなさん、こんばんは。<br />
pecora nera BLOG　管理人です。<br />
いつもこのブログをご覧頂きありがとうございます。<br />
<br />
さて、<br />
小川光生のサッカー・ワールドカップ（Ｗ杯）南アフリカ大会関連エッセイが<br />
本日7月13日（火）、読売新聞朝刊10面に掲載されました。<br />
<br />
みなさん、ぜひご覧下さい。<br />
どうぞよろしくお願いいたします。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>Ｉnformation</dc:subject>
    <dc:date>2010-07-13T21:45:15+09:00</dc:date>
    <dc:creator>pecora-nera staff</dc:creator>
    <dc:rights>pecora-nera staff</dc:rights>
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    <link>http://blog.ogawamitsuo.com/?eid=1152454</link>
    <title>エッセイ掲載のお知らせ</title>
    <description>みなさん、こんばんは。
pecora nera BLOG　管理人です。
いつもこのブログをご覧頂きありがとうございます。

さて、
小川光生のエッセイ「時間（とき）は平等だ」が
「季刊文科」に掲載されました。


季刊文科 47
季刊文科　４７　鳥影社　1,050円（税込）
...</description>
<content:encoded><![CDATA[
みなさん、こんばんは。<br />
pecora nera BLOG　管理人です。<br />
いつもこのブログをご覧頂きありがとうございます。<br />
<br />
さて、<br />
小川光生のエッセイ「時間（とき）は平等だ」が<br />
「季刊文科」に掲載されました。<br />
<br />
<br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E5%AD%A3%E5%88%8A%E6%96%87%E7%A7%91-47-%E7%A7%8B%E5%B1%B1-%E9%A7%BF/dp/4862652298%3FSubscriptionId%3DAKIAJY3MQPODX7WNOO7A%26tag%3Dpecora-nera22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4862652298" target="_blank"><strong>季刊文科 47</strong></a><br />
季刊文科　４７　鳥影社　1,050円（税込）<br />
<br />
みなさん、ぜひご覧下さい。<br />
どうぞよろしくお願いいたします。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>Ｉnformation</dc:subject>
    <dc:date>2010-02-23T21:34:41+09:00</dc:date>
    <dc:creator>pecora-nera staff</dc:creator>
    <dc:rights>pecora-nera staff</dc:rights>
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  <item rdf:about="http://blog.ogawamitsuo.com/?eid=1142899">
    <link>http://blog.ogawamitsuo.com/?eid=1142899</link>
    <title>ケーブルテレビ出演のお知らせ</title>
    <description>みなさん、こんばんは。
pecora nera BLOG　管理人です。
いつもこのブログをご覧頂きありがとうございます。

さて、
来月（2月）、小川光生が藤枝ＭＹＦＣ代表　小山淳さんの番組に
ゲスト出演させて頂くことになりましたのでお知らせいたします。

出演情報
...</description>
<content:encoded><![CDATA[
みなさん、こんばんは。<br />
pecora nera BLOG　管理人です。<br />
いつもこのブログをご覧頂きありがとうございます。<br />
<br />
さて、<br />
来月（2月）、小川光生が藤枝ＭＹＦＣ代表　小山淳さんの番組に<br />
ゲスト出演させて頂くことになりましたのでお知らせいたします。<br />
<br />
出演情報<br />
放送局　：ビック東海　ＶＩＣＴＯＫＡＩコミュニティチャンネル<br />
番組名　：小山淳のマイフェイバリットシティ (MY.F.C)<br />
放送日時：2月上旬のほぼ毎日<br />
放送日時詳細：<br />
<a href="http://www.thn.ne.jp/broadcast/community/seisei/now/index.html" target="_blank">VIC TOKAI 番組表</a><br />
<a href="http://myfc.jp/owner/modules/pico/index.php/content0083.html" target="_blank">MYFC内 小山淳のマイフェイバリットシティ（MY.F.C）</a><br />
<br />
VIC TOKAI ケーブルテレビ（西静エリア）にご加入のみなさん、ぜひご覧ください！<br />
<br />
収録時のことが<a href="http://blog.jplayers.jp/koyama/archive/20100123181539_8967/" target="_blank"><strong>小山さんのブログ</strong></a>に紹介されています。<br />
こちらもぜひご覧下さい。<br />
<br />
よろしくお願いいたします。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>Ｉnformation</dc:subject>
    <dc:date>2010-01-29T21:34:14+09:00</dc:date>
    <dc:creator>pecora-nera staff</dc:creator>
    <dc:rights>pecora-nera staff</dc:rights>
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  <item rdf:about="http://blog.ogawamitsuo.com/?eid=1132693">
    <link>http://blog.ogawamitsuo.com/?eid=1132693</link>
    <title>藤枝明誠</title>
    <description>明誠サッカー部、選手権準々決勝、関大一高に1−4で敗戦。国立まであと一歩、ベスト8での敗北は、本当に悔しい。ただ、明誠サッカー部の全国での歴史はまだはじまったばかりだ。その歴史の扉をこじ開けた選手たちに、僕は心からのエールを送りたい。君たちは、ユースの時よ...</description>
<content:encoded><![CDATA[
明誠サッカー部、選手権準々決勝、関大一高に1−4で敗戦。国立まであと一歩、ベスト8での敗北は、本当に悔しい。ただ、明誠サッカー部の全国での歴史はまだはじまったばかりだ。その歴史の扉をこじ開けた選手たちに、僕は心からのエールを送りたい。君たちは、ユースの時よりも明らかに強くなっていた。チームは進化し続けていたよ。そして、多くの先輩たちが挑戦し、そのたびに跳ね返され続けてきた選手権出場という夢を成し遂げたんだ。だから、下を向いて欲しくない。胸を張って次のステージに向かって欲しい。本当の戦いは、これからだ。みんな、ありがとう。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>Message</dc:subject>
    <dc:date>2010-01-05T16:55:38+09:00</dc:date>
    <dc:creator>小川　光生</dc:creator>
    <dc:rights>小川　光生</dc:rights>
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  <item rdf:about="http://blog.ogawamitsuo.com/?eid=1073542">
    <link>http://blog.ogawamitsuo.com/?eid=1073542</link>
    <title>サッカーとイタリア人＜番外編＞忘れえぬ名チーム２</title>
    <description>　光陰矢のごとし…。本当にあっという間に年末を迎えてしまいました。今年は更新が滞ってばかりでした。来年は、もう少し何とかします。
　さて、今年のヴェネツィアのクリスマスは、まじでサンザンでした。突然、欧州を襲った寒波の影響で、水道管が凍結→破裂。イブの前...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　光陰矢のごとし…。本当にあっという間に年末を迎えてしまいました。今年は更新が滞ってばかりでした。来年は、もう少し何とかします。<br />
　さて、今年のヴェネツィアのクリスマスは、まじでサンザンでした。突然、欧州を襲った寒波の影響で、水道管が凍結→破裂。イブの前に何とか復旧したと思ったら、24日夜中になって145cmのアックア・アルタが……。僕はカトリックなんでイブの夜中は必ずミサに行くのですが、今年は長靴をはいての出動でした。ともあれ、行けて良かった。<br />
　さて、おそらく今年最後の更新になると思いますが、サッカーとイタリア人番外編、行きます。みなさん、どうか良いお年をお迎えください。Buon Anno!!!<br />
　<br />
<br />
<blockquote><span style="color:#666666"><a href="images/P1010570flag.jpg" target="_blank"><img src="images/P1010570flag.jpg.300px.png" width="300" height="226" alt="" class="pict" /></a><br />
 <br />
  ヴェルチェッリから3両編成の小さなローカル線に乗って20分。ディーゼル列車は、カザーレ・モンフェラートという名の小さな駅に付いた。僕が、この小さな駅に降り立ったのは2005年秋のこと。目的は、かつてカルチョの頂点に一度だけ立ったことがあるこの町のサッカーチーム、カザーレのクラブ事務所を訪ねることであった。カザーレが、選手権を制したのは、今から90年以上も前、13年―14シーズンのことだ。<br />
このシーズン、カザーレは、まずリグーリア・ピエモンテ州の予選で、前季優勝のプロ・ヴェルチェッリを撃破。北部リーグでもジェノア、インテルを押さえ優勝し、決勝で中南部グループの覇者ラツィオと対戦する。この決勝戦で、カザーレは、ラツィオに北部チームの覇者の格の違いを見せつける。2試合合計で9−1（7−1、2−0）。かつては、北部と南部のチームの実力差は、かくも大きいものだったのだ。<br />
　カルチョ黎明期の歴史に詳しいフリーライター、シルヴィオ・ピエールサンティ氏が言う。「カルチョ黎明期の強豪チームというのは、ほとんどジェノア、トリノ、ミラノの3都市を結ぶトライアングルの中から出ています。初代王者ジェノア、ミラン、ユヴェントス、プロ・ヴェルチェッリ、21−22シーズン優勝の“正統派（このシーズンは、連盟が正統派と分裂派の2つに分かれていた。ちなみに分裂派の優勝チームはプロ・ヴェルチェッリ）”の優勝チーム、ノヴェーゼ、トリノ・・・。22−23シーズン、ボローニャが優勝するまで、選手権のタイトルがこのトライアングルの外に出ることは一度もなかったのですよ。カザーレの優勝は、そんな時代に一つの置き土産と言っても良いでしょう。つまり、黎明期のカルチョは、この小さなトライアングルの中での覇権争いだったのです。もっとも、最近でもスクデットは、トリノ（ユヴェントス）とミラノ（インテル、ミラン）の2都市を常に往復しているようなものですがね（苦笑）」<br />
　カザーレのクラブ事務所は、中心街の小さな建物の2階にあった。もし、その建物のテラスから、カザーレのトレードマークであるネーロ・ステッラータ（黒地に白い星が描かれたもの）の旗が揺らめいていなかったら、そこがクラブチームの事務所だとは思わなかっただろう。狭い階段を登ると、古ぼけた木製のドアが。そのドアを開けると、応接セットの置かれた大き目の部屋とデスクが一つだけ置かれた小さな目の部屋があった。壁には、勇ましいいのしし（カザーレのシンボル）が描かれた盾が飾られてある。優勝を記念した盾なのだろうか？　その割には、全体がほこりで覆われ、かなりぞんざいな扱いを受けている感じだ。<br />
部屋に入るや、デスクで作業をしていた初老の紳士が立ち上がり、僕のほうに近づいてきた。数日前から連絡を取り合っていたカルチョ・カザーレの職員、マッシモ・ロンドロージさんだ。<br />
　ロンドロージさんが僕に語りかける。「狭い事務所でビックリしたでしょう？　とてもかつてのスクデットチームの事務所とは思えないでしょうな（爆笑）。ただ、それも当然です。我々がイタリア・チャンピオンになったのは、もう90年以上も前の出来事なのですからね」<br />
　1914年……。ヨーロッパでは第一次世界大戦が勃発した年であり、日本は大正3年。資料を見ると、東海道線の始発駅が新橋から現在の東京駅に移されたのが、この年の12月だそうだ。<br />
ロンドロージさんの話が続く。「ヴェルチェッリでもそうだと思いますが、カザーレの黄金時代を覚えているオールドファンは、今ではもうほとんど生きていません。栄光の記憶は徐々になくなりつつあるのですよ。しかし、カザーレがかつてチャンピオンになったことは変わることのない事実。町のはずれにある『イタリア・チャンピオン大広場』に行きましたか？　おそらく、この町以外の人にとっては、何の変哲もない場所だと思います。ただし、我々は、あそこを通るたびにこの町のチームがかつてカルチョでイタリアのチャンピオンになったことを知るのです。そう、カザーレの“白い星”がかつてカルチョという名の星空で煌々と光輝いていたという事実を」<br />
<br />
<a href="images/P1010592sign.jpg" target="_blank"><img src="images/P1010592sign.jpg.300px.png" width="300" height="225" alt="" class="pict" /></a><br />
　<br />
 その後、ロンドロージさんに、カザーレのホーム・スタジアム、スタディオ・ナターレ・パッリへと連れていってもらう。収容人員、わずか5000人。現代のサッカースタジアムとしては、あまりに小さい器（うつわ）だ。<br />
<br />
<a href="images/P1010582stadium.jpg" target="_blank"><img src="images/P1010582stadium.jpg.300px.png" width="225" height="300" alt="" class="pict" /></a><br />
<br />
しかし、そのスタジアムに流れる空気にはやはり独特の雰囲気があった。プロ・ヴェルチェッリの本拠地スタディオ・シルヴィオ・ピオーラのスタンドに立った時と同じ“歴史の重さ”、その種の感覚が、その小さなスタジアムのあちこちからにじみ出ているのだ。グラウンドの片隅には、事務所のテラスに掲げられていた物よりはるかに大きいカザーレの白い星の大旗がはためいていた。　<br />
<br />
<a href="images/P1010568aboy.jpg" target="_blank"><img src="images/P1010568aboy.jpg.300px.png" width="225" height="300" alt="" class="pict" /></a><br />
<br />
かつて、カザーレは、このスタジアムで近隣のプロ・ヴェルチェッリやイタリアサッカー黎明期の最強チーム、ジェノア、あるいはミランといった強豪たちとシノギを削りあっていたのだろう。グラウンドキーパーが操る芝刈り機の音を聞きながら、僕は、今から90年以上前、このスタンドで起こった大歓声を聞き取ろうと必死に耳をすませた。<br />
（忘れえぬ名チーム３へ続く）</span></blockquote>
]]></content:encoded>
    <dc:subject>サッカーとイタリア人＜番外編＞</dc:subject>
    <dc:date>2009-12-26T11:50:20+09:00</dc:date>
    <dc:creator>小川　光生</dc:creator>
    <dc:rights>小川　光生</dc:rights>
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    <title>ラジオ出演　J-Wave Tokyo morning radio</title>
    <description>行ってきました!　J-Wave！

別所さん、熱い……かつ、かっこいい！　中学、高校、大学の大先輩です。

ヴェネツィアの話、カルチョの話、藤枝の話、MYFCの話、森パンのおばちゃんの話……。わずか15分でしたが、本当にたくさんのことを語らせていただきました。

別所...</description>
<content:encoded><![CDATA[
行ってきました!　J-Wave！<br />
<br />
別所さん、熱い……かつ、かっこいい！　中学、高校、大学の大先輩です。<br />
<br />
ヴェネツィアの話、カルチョの話、藤枝の話、MYFCの話、森パンのおばちゃんの話……。わずか15分でしたが、本当にたくさんのことを語らせていただきました。<br />
<br />
別所さん、スタッフの皆様に、心から感謝です。これに懲りずにまた呼んでください！（笑）<br />
<br />
J-WAVE TOKYO MORNING RADIOのホームページ内、<br />
MORNING LOUNGEのコーナーに別所さんとの写真があります。<br />
<a href="http://www.j-wave.co.jp/original/tmr/index.htm" target="_blank">　<strong><span style="color:#0000FF">J-WAVE TOKYO MORNING RADIOのサイトはこちら！　　</span></strong>　</a><br />
ぜひご覧ください。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>Message</dc:subject>
    <dc:date>2009-10-05T22:38:52+09:00</dc:date>
    <dc:creator>小川　光生</dc:creator>
    <dc:rights>小川　光生</dc:rights>
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    <title>ラジオ出演のお知らせ</title>
    <description>みなさん、こんにちは。
pecora nera BLOG　管理人です。
いつもこのブログをご覧頂きありがとうございます。

さて、
今月５日（月）、
小川光生がラジオに出演させて頂くことになりましたのでお知らせいたします。

出演情報
放送局　：J-WAVE(FM81.3) 
番組...</description>
<content:encoded><![CDATA[
みなさん、こんにちは。<br />
pecora nera BLOG　管理人です。<br />
いつもこのブログをご覧頂きありがとうございます。<br />
<br />
さて、<br />
今月５日（月）、<br />
小川光生がラジオに出演させて頂くことになりましたのでお知らせいたします。<br />
<br />
出演情報<br />
放送局　：J-WAVE(FM81.3) <br />
番組名　：TOKYO MORNING RADIO（ナビゲーター：別所哲也さん）<br />
　　　　　MORNING LOUNGEのコーナー<br />
放送日時：10月5日（月）午前8:30〜<br />
<br />
みなさん、ぜひお聞きください！<br />
よろしくお願いいたします。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>Ｉnformation</dc:subject>
    <dc:date>2009-10-02T18:31:27+09:00</dc:date>
    <dc:creator>pecora-nera staff</dc:creator>
    <dc:rights>pecora-nera staff</dc:rights>
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    <title>藤枝にJクラブを</title>
    <description>　9月26日に、藤枝市民会館で行われた藤枝MYFC主催のシンポジウム「藤枝にJクラブを」のパネリストを務めさせていただいたのですが、僕にとって、本当に有意義なヒトトキでした。

広瀬さんの話は本当におもしろかった。特に、多目的スタジアムの話が……。スタジアムを多...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　9月26日に、藤枝市民会館で行われた藤枝MYFC主催のシンポジウム「藤枝にJクラブを」のパネリストを務めさせていただいたのですが、僕にとって、本当に有意義なヒトトキでした。<br />
<a href="images/IMGP1764.jpg" target="_blank"><img src="images/IMGP1764.jpg.300px.png" width="300" height="225" alt="" class="pict" /></a><br />
広瀬さんの話は本当におもしろかった。特に、多目的スタジアムの話が……。スタジアムを多目的施設にするというのは、ヨーロッパでも最前線の考え方です。特に広瀬さんが言っていたように、老人ホーム、保育所などの福祉施設を組み込むというのは、全くのアヴァンギャルドでしょう。イタリアでは絶対に起きない発想です。それをさらにエコ・スタジアムにしていけたら、それ以上に素晴らしいことはないでしょうね。<br />
それから、藤枝の人々のサッカーへの愛情を改めて感じるいい機会にもなりました。僕が、壇上から、「僕にとって、最強のダービーは、今でも藤枝東高vs.藤枝北高です！」と叫んだ時、会場が大きな拍手に包まれた時は嬉しかったなー。“藤枝サッカー”を偉大な情熱を持って追っかけている人がこんなにも多くいらっしゃるのか、そのことを再確認できましたから。藤枝MYFCには、そういう人たちの情熱をしっかりと受け止められる素晴らしいチームになってもらいたい。そうです。藤枝のサッカーへの愛を受け止められる“誇り高きプロヴィンチャ”に。早くそういう日が来るのを僕は祈っています。<br />
欲を言えば、明誠の躍進についてもう少し触れたかった。高円宮杯ベスト8というのは選手権で言えば、決勝進出いやもしかしたら優勝の価値があるかもしれない。藤枝のチームが、現在、そんな素晴らしい戦いを繰り広げていることに、僕は大きな誇りを感じます。10月4日、Jビレッジでは、広島ユースに絶対に勝ってもらいたい。そうしたら10日、国立、テッパンで行きます！<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>Message</dc:subject>
    <dc:date>2009-10-01T23:58:26+09:00</dc:date>
    <dc:creator>小川　光生</dc:creator>
    <dc:rights>小川　光生</dc:rights>
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  <item rdf:about="http://blog.ogawamitsuo.com/?eid=1073539">
    <link>http://blog.ogawamitsuo.com/?eid=1073539</link>
    <title>サッカーとイタリア人＜番外編＞忘れえぬ名チーム１</title>
    <description>久々の更新です。

プロ・ヴェルチェッリ
　イタリア北部の2つの主要都市ミラノとトリノのちょうど中間に位置する中小都市、ヴェルチェッリ。古代から北方民族の移住地と知られたこの町（ヴェルチェッリの語源は、“ケルト人の町”なんだとか……）の現在の人口は、5万人弱...</description>
<content:encoded><![CDATA[
久々の更新です。<br />
<br />
<blockquote><span style="color:#666666">プロ・ヴェルチェッリ<br />
　イタリア北部の2つの主要都市ミラノとトリノのちょうど中間に位置する中小都市、ヴェルチェッリ。古代から北方民族の移住地と知られたこの町（ヴェルチェッリの語源は、“ケルト人の町”なんだとか……）の現在の人口は、5万人弱。近郊の広大な田園地帯を利用した純イタリア米の産地として知られる町だ。<br />
　かつて、この町のサッカークラブ、プロ・ヴェルチェッリがイタリアサッカー界を席巻したことがある。1908年の初優勝以来、21−22シーズンまでの14季で7回の優勝。全て国内統一リーグが創設される前の記録とは言え、史上7回のスクデットは、名門トリノ、ボローニャなどと並んで歴代5位タイの記録である。<br />
<br />
<a href="images/P1010189.jpg" target="_blank"><img src="images/P1010189.jpg.300px.jpg" width="200" height="300" alt="" class="pict" /></a><br />
<br />
　ちなみに、プロ・ヴェルチェッリが選手権を初めて制した1908年は、日本の明治41年にあたる。韓国併合の2年前。夏目漱石が朝日新聞で（僕の大好きな小説）「三四郎」の連載を開始したのも、その年（9月）である。<br />
　ヴェルチェッリ出身のスポーツ記者、アレッサンドロ・タッキーニ氏が言う。「1900年代の初めの“プロ（プロ・ヴェルチェッリの愛称）”は、ほとんどのメンバーが地元出身のいわばイタリア人だけのチームでした。彼らはその後もその方針を保ちながら、ジェノア、ミラン、トリノなどの“多国籍軍”に挑みかかり、彼らを打ち倒していったのですよ。当時のプロの武器は、高い身体能力でした。キャプテンのジュゼッペ・ミラーノをはじめ、メンバーの多くがサッカー選手としてだけでなく、フェンシング、自転車競技の名手でもあったんですよ」<br />
<br />
<a href="images/P1010180.jpg" target="_blank"><img src="images/P1010180.jpg.300px.jpg" width="200" height="300" alt="" class="pict" /></a><br />
<br />
　なお、プロ・ヴェルチェッリのフェンシングチームは、世界フェンシング界の名門の一つだ。2000年シドニーオリンピックの男子団体の金メダリスト、ランダッツォ、ミラノーリをはじめ、現在でも数多くの有能な剣士を輩出しているクラブなのである<br />
　サッカーに話を戻すことにしよう。タッキーニ記者が続ける。「当時のプロ・ヴェルチェッリのプレーススタイルは実に荒々しいものでした。そうした荒々しい戦法を武器に、激しく相手ゴールへと突進していく。当時のＭＦグイド・アーラのこんな言葉が残っています。『フットボールは、女子のためのスポーツにあらず。まことに男性的な競技である』という言葉が」<br />
　プロ・ヴェルチェッリが生んだ史上最高のプレーヤー、それは、29年―34年までこのチームでプレーし、その後、34年、38年、2つのＷ杯で優勝メンバーとなるＦＷのシルヴィオ・ピオーラである。「ピオーラは、セリエＡで274ゴールを挙げた歴史的なストライカーです。この記録は、現在でもセリエＡのレコードですよ。代表での30ゴールも歴代3位の記録です。そんな輝かしいキャリアを持つピオーラが、プロとしての一歩を踏み出したのが、ここプロ・ヴェルチェッリだったのですよ。現在でも、ピオーラは、ヴェルチェッリの誇りであり、シンボルなんです（タッキーニ記者）」<br />
　ちなみに、終生ヴェルチェッリの町をこよなく愛したピオーラは、96年、83年の生涯をこの地で遂げている。<br />
　しかし、そのピオーラが去った翌年（34−35年）、プロ・ヴェルチェッリはセリエＡの最下位に転落、Ｂへと陥落する。その後、70年以上、彼らがセリエＡの舞台に返り咲いたことはない。ここ数年の彼らの戦場は、もっぱら4部リーグであるセリエＣ２。1932年建設でカルチョの古き良き時代の雰囲気を漂わせるスタディオ・シルヴィオ・ピオーラのスタンドにもあまり活気がない。<br />
<br />
<a href="images/P1010185.jpg" target="_blank"><img src="images/P1010185.jpg.300px.jpg" width="300" height="200" alt="" class="pict" /></a><br />
<br />
2007年までチームのキャプテンを務めていたイヴァン・ペラーティがこんなことを言っていた。「プロ・ヴェルチェッリは古い伝統のある名門チーム。だから、あの純白のユニフォームを着ていた時には、確かに“歴史の重み”を感じた。ただ、その重みが逆にプレッシャーになることもあったんだ。オールドファンは、ピオーラや強かった頃のチームの話をするけれど、それはもう70年以上も前のこと。今の選手は今を生きるしかない。それ以外に僕らに何をしろと言うんだい?　」<br />
重すぎる過去を背負いながら……。プロ・ヴェルチェッリは、復活へのきっかけを常に模索しながら、長すぎる“今”を生きている。<br />
（忘れえぬ名チーム２へ続く）</span></blockquote>
]]></content:encoded>
    <dc:subject>サッカーとイタリア人＜番外編＞</dc:subject>
    <dc:date>2009-09-09T11:00:33+09:00</dc:date>
    <dc:creator>小川　光生</dc:creator>
    <dc:rights>小川　光生</dc:rights>
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    <title>シンポジウム出演のお知らせ</title>
    <description>みなさん、こんばんは。
pecora nera BLOG　管理人です。
いつもこのブログをご覧頂きありがとうございます。

さて、
小川光生がサッカー関連のシンポジウムに出演させて頂くことになりました。
詳細をお知らせいたします。

シンポジウム「藤枝にＪクラブを」
...</description>
<content:encoded><![CDATA[
みなさん、こんばんは。<br />
pecora nera BLOG　管理人です。<br />
いつもこのブログをご覧頂きありがとうございます。<br />
<br />
さて、<br />
小川光生がサッカー関連のシンポジウムに出演させて頂くことになりました。<br />
詳細をお知らせいたします。<br />
<br />
シンポジウム「藤枝にＪクラブを」<br />
〜藤枝ＭＹ ＦＣから広がる地域の未来〜<br />
<br />
主催：藤枝ＭＹ ＦＣ<br />
<br />
日時：2009年9月26日（土）午後7時開演（6時30分開場）<br />
場所：藤枝市民会館<span style="font-size:small;">(藤枝市岡出山1-11-1)</span><br />
※入場無料、申込不要<br />
<br />
＜出演者＞<br />
広瀬　一郎　スポーツ総合研究所所長<br />
小山　淳　　藤枝ＭＹＦＣ代表<br />
斉藤　俊秀　藤枝ＭＹＦＣ監督<br />
大石　剛　　時事通信社<br />
小川　光生　<br />
<br />
詳細は　<a href="http://myfc.jp/owner/modules/d3blog/details.php?bid=360&cid=1" target="_blank">藤枝ＭＹ ＦＣのホームページ</a>　をご覧ください。<br />
<br />
みなさまぜひお越しください。<br />
よろしくお願いいたします。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>Ｉnformation</dc:subject>
    <dc:date>2009-08-24T18:57:28+09:00</dc:date>
    <dc:creator>pecora-nera staff</dc:creator>
    <dc:rights>pecora-nera staff</dc:rights>
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    <title>サッカーとイタリア人＜番外編＞ヴェネト州、フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州のカルチョ3</title>
    <description>　アップ、滞ってばかりですいません。サッカーとイタリア人（番外偏）、今回は、トリエステのチーム、トリエスティーナです。



　　拙著「サッカーとイタリア人」第V章でも取り上げているウディネーゼの本拠地ウディネがあるフリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　アップ、滞ってばかりですいません。サッカーとイタリア人（番外偏）、今回は、トリエステのチーム、トリエスティーナです。<br />
<br />
<br />
<blockquote><span style="color:#666666"><br />
　　拙著「サッカーとイタリア人」第V章でも取り上げているウディネーゼの本拠地ウディネがあるフリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州。この州には、もうひとつ古い伝統を持つチームがある。それが、スロヴェニアとの国境の町、僕が敬愛する作家、須賀敦子さんの作品で日本でも一躍名が知られるようになったトリエステのクラブチーム、トリエスティーナだ。<br />
　18世紀から19世紀にかけて、女帝マリア・テレジアが統治するオーストリア帝国・最大の港町として栄えたこの町の名物は、実は魚料理ではなく肉料理である（もちろん、魚も新鮮でおいしいが）。町のあちこちで見られる“ブッフェ”と呼ばれる食堂では、人々が、茹で肉（ボッリータと呼ぶ）、ソーセージにクレンと呼ばれる西洋わさびをつけてほうばっている。お酒もワインよりもビールを好む人のほうが多いような気が……。オーストリアの支配が長かったからだろう、町の雰囲気もどこか北方的だ。また、トリエステはコーヒーとカフェの本場としても有名である。国内有数のコーヒー・メーカー、イリー・カフェの本拠地であることから、人々のコーヒーへのこだわりは相当に強い。<br />
<br />
<a href="images/P1010218.jpg" target="_blank"><img src="images/P1010218.jpg.300px.png" width="200" height="300" alt="" class="pict" /></a>　<br />
<br />
  話をカルチョに戻そう。さて、赤がチームカラーであるトリエスティーナの歴代最高の英雄と言えば、僕は、間違いなくネレオ・ロッコだろうと思う。29年―35年までトリエスティーナでプレーした地元出身のロッコはプレーヤーとしてもかなりの実力者だったわけだが、その名声がイタリア中に轟くようになったのは、監督となって以降。ロッコは、指揮官として、1947年からミランを率い、50−51シーズンには44季ぶりのスクデットを、1963年にはイタリアのクラブとしては初めてのチャンピオンズ・カップ制覇という偉業を成し遂げたのである。その後、ロッコは、トリエスティーナの監督も歴任。セリエA787試合という監督実績は、09年現在、セリエAのレコードである<br />
　そして、トリエステの人々が、海岸に面した美しい広場、ピアッツァ・ウニタ・ディタリア（イタリア統一広場）とともに自慢の種にしているのが、そのロッコの名前が付けられた町のスタジアムなのである。1992年に改築、すり鉢式のフェルムを持ち、その美しさはイタリア随一と言われている。関係者から“小さなサン・シーロ”（サン・シーロとは、ミラノにあるイタリア随一のスタジアムの俗称。拙著「サッカーとイタリア人」第?章参照）と呼ばれるこのスタジアムでは、時に代表Aマッチも行われている。<br />
<br />
<a href="images/P1010210.jpg" target="_blank"><img src="images/P1010210.jpg.300px.png" width="300" height="200" alt="" class="pict" /></a><br />
<br />
<a href="images/P1010227.jpg" target="_blank"><img src="images/P1010227.jpg.300px.png" width="200" height="300" alt="" class="pict" /></a><br />
<br />
ただ、もし冬場にトリエステのスタジアムを訪れる人がいたら（相当のイタリアサッカー好きだろうが……）、防寒対策を忘れずに。というのも、トリエステでは、冬に“ボーラ”と呼ばれる山々からの吹き降ろす突風が吹く。これが、スタジアムにも襲い掛かるのだ。北部イタリアのスタジアムの冬場の観戦はまあ大体冷えるのだが、ボーラに見舞われた時のネレオ・ロッコは、文字通り、「死ぬほど」寒い。特にナイトゲームの時はご注意を。<br />
<br />
<a href="images/P1010239.jpg" target="_blank"><img src="images/P1010239.jpg.300px.png" width="300" height="200" alt="" class="pict" /></a><br />
<br />
　29年―59年までの30年間で実に28シーズン、セリエAで戦ったトリエスティーナだが、59年以降トップリーグに復帰したことはなく、現在はセリエBを主戦場としている。国境の町の赤い軍団の目標は、一日も早くセリエAに返り咲くこと。そう、輝かしい過去の栄光をもう一度取り戻すために、だ。<br />
　ちなみに、ミランの偉大なキャプテン、パオロ・マルディーニの父チェーザレ・マルディーニは、この町の出身。つまり、ついに不惑の年を迎えたミランいやイタリアサッカー界の至宝の体内には、ネレオ・ロッコと同じ熱きトリエステ人の血が流れているのだ。<br />
　<br />
最後に余談だが、フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州は、名監督の産地としても知られている。まずは、先ほど名前が出ているネレオ・ロッコ（トリエステ出身）。それから、ミラン、ローマ、ユヴェントスで多くの栄光を手にし、09年1月現在イングランド代表の指揮を執っているファビオ・カペッロ（ゴリーツィア県出身）、人口2000人のヴェローナの一地区のチーム、キエーヴォ（拙著「サッカーとイタリア人」第?章参照）をセリエAに導いたルイージ・デル・ネーリ（アクイレイア出身）、イタリアが優勝した82年W杯スペイン大会のアッズーリ（イタリア代表の名将、青の軍団の意味）のキャプテンで元代表監督のディノ・ゾフ（ゴリーツィア県）はいずれもこの地方の出身。この地方の人は、“テスタ・ドゥーラ”（頭が堅い人。つまり頑固者）が多いと言われるが、確かに、今挙げた4人は、自身のやり方を頑なに信じ、常に前進を続けていくタイプの指揮官のように思える。フリウリ・ヴェネツィア・ジューリアが、“名監督の産地”なのは、ただの偶然だろうか？<br />
（第3回終了）</span></blockquote>
]]></content:encoded>
    <dc:subject>サッカーとイタリア人＜番外編＞</dc:subject>
    <dc:date>2009-06-18T21:17:57+09:00</dc:date>
    <dc:creator>小川　光生</dc:creator>
    <dc:rights>小川　光生</dc:rights>
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    <title>glicine</title>
    <description> ここ数日、ヴェネツィアの町では藤の花（イタリアでは、グリーチネglicineと呼ばれています）が咲き乱れています。僕の故郷、藤枝はその名の通り“藤の町”です。GWには、蓮花寺池公園で藤祭りが行われている頃。グリーチネが咲くこの季節、僕はいつも遠い故郷のことを思い...</description>
<content:encoded><![CDATA[
 ここ数日、ヴェネツィアの町では藤の花（イタリアでは、グリーチネglicineと呼ばれています）が咲き乱れています。僕の故郷、藤枝はその名の通り“藤の町”です。GWには、蓮花寺池公園で藤祭りが行われている頃。グリーチネが咲くこの季節、僕はいつも遠い故郷のことを思います。<br />
<br />
<a href="images/20090428.jpg" target="_blank"><img src="images/20090428.jpg.300px.jpg" width="200" height="300" alt="" class="pict" /></a>
]]></content:encoded>
    <dc:subject>Message</dc:subject>
    <dc:date>2009-04-28T21:23:04+09:00</dc:date>
    <dc:creator>小川　光生</dc:creator>
    <dc:rights>小川　光生</dc:rights>
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    <link>http://blog.ogawamitsuo.com/?eid=931157</link>
    <title>サッカーとイタリア人＜番外編＞ヴェネト州、フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州のカルチョ2</title>
    <description>皆さん、お元気ですか？　更新がすっかり滞ってしまってすみません。「サッカーとイタリア人」。いよいよ僕が住んでいるヴェネツィアの話です。「カルチョ2002」でセリエBの担当をしている時、ヴェネツィアのピエールルイージ・ペンツォ・スタジアムには足しげく通いまし...</description>
<content:encoded><![CDATA[
皆さん、お元気ですか？　更新がすっかり滞ってしまってすみません。「サッカーとイタリア人<番外偏>」。いよいよ僕が住んでいるヴェネツィアの話です。「カルチョ2002」でセリエBの担当をしている時、ヴェネツィアのピエールルイージ・ペンツォ・スタジアムには足しげく通いました。今はチームもセリエC1(最近はレーガ・プロ・プリマ・ディヴィジオーネと呼ばれる）に沈んでまして、行く回数はかなり減りましたが、それでも時間がある時にはゲーム観てますよ。今季は、元イタリア代表のDFベルトットが在籍しています。サッカーとイタリア人<番外偏>、ヴェネツィアの巻です。<br />
<br />
<br />
</a><blockquote><span style="color:#666666">さて、かつては“グラン・シニョーリ（すごいお金持ち）”と唄われながら、極度の資金難に陥り、2005年には、ついにセリエCに陥落し、現在も自転車操業状態が続いているのが、水の都のチーム、ヴェネツィアである。<br />
<br />
<a href="images/v034.JPG" target="_blank"><img src="images/v034.JPG.300px.jpg" width="200" height="300" alt="" class="pict" /></a><br />
<span style="font-size:x-small;">「ヴェネツィアのサポーターグループ『ウニオーネ・ヴェネツィア・メストレ』の応援旗」</span><br />
<br />
　ヴェネツィアの黄金時代は、1940年代初頭。その後、グランデ・トリノのキャプテンとなるヴァレンティーノ・マッツォーラを中心に、40−41シーズンにはコッパ・イタリアを獲得、41−42シーズンにはリーグ戦で3位に入る健闘を見せた。しかし、それを最後にラグナーリ（ラグーナの住人という意味。ラグーナとはヴェネツィアを取り囲んでいる潟のこと）は、長い冬の時代を迎えてしまう。なんと、彼らは47年から98年まで半世紀以上、セリエB以下の下部リーグでの戦いを余儀なくされてしまうのだ。<br />
　カルチョの海に沈みっぱなしだったヴェネツィアが浮上を始めたのは、1987年、現在のパレルモのオーナー、マウリツィオ・ザンパリーニがチームを買収してからだ。エンメゼータという大型スーパーチェーンのオーナーであったザンパリーニは、豊富な資金力を武器にチームを強化。97−98シーズンにセリエBで2位に入り、ヴェネツィアは何と51年ぶりにセリエAへの復帰を果たすのである。<br />
　しかし、ヴェネツィアが“カルチョの上げ潮”に乗ったのは、ほんの数年限りのことだった。98−99シーズンこそ、シーズン途中から加入したウルグアイ人ファンタジスタ、アルバーロ・レコーバの活躍で残留を勝ち獲ったものの、99−00シーズンは最下位で再びセリエBに転落。日本の名波浩が在籍したのはこのシーズンであり、リーグ戦での通算成績は24試合1ゴールというものであった。<br />
ヴェネツィアの地方紙「ガゼッティーノ」のレガッツィ記者が回想する。「あのシーズンは、ヴェネツィアにとっても、ナナミにとっても、非常に苦しい1年となってしまいました。あのシーズン、チームは開幕から不振が続き、監督が何度も交代。セリエA1年目の外国人選手がサッカーに集中できるようなチーム状態ではとてもありませんでしたよね。周囲から“ポスト・レコーバ”という大きなプレッシャーがかけられたことも、ナナミにとってはマイナス要因だったと思います」<br />
かつて僕が、SKYパーフェクトTVの番組の取材をしていた時のことである。その時、僕は、当時のウディネーゼの指揮官であり、現在はローマの監督として采配をふるっているルチアーノ・スパッレッティ監督にインタビューする機会を得た。スパッレッティは、名波がヴェネツィアでプレーしていた99−00シーズンに、彼の指揮官だった人物だ。当時（おそらく04−05シーズン）、イタリアでは中田英寿と中村俊輔の2人の日本人選手がプレーしていた。それで、僕はスパッレッティにこんな質問をぶつけてみることにしたのである。「監督、もしあなたが今率いているウディネーゼで中田か中村のどちらか一人を起用できるとしたら、どちらの選手を選びますか？」と。<br />
スパッレッティ監督は、少し沈黙した後（彼の沈黙は、いつも意味ありげだ）、トスカーナ訛りの強いイタリア語でこう答えてくれた。「私が、ヴェネツィアの監督時代に指導していたナナミを選ぶのは、『ナシ』なのかな？」。<br />
彼は、真剣な表情でこう続けた。「彼のパスの精度は、本当に素晴らしかった。特にFKの技術には目を見張るものがあったね。セリエAで1年目から結果を出すのは、どんな優秀な選手にとっても難しいものだ。特にイタリアとは文化も習慣も全く違う日本のような国から来た選手にとってはさらなおさらだったろう。正直、もう少し様子を見たかった。後半は、プレーのスピードが入団直後よりも格段に上がっていたから」<br />
<br />
ヴェネツィアは01−02シーズンにセリエA再復帰を果たすも、再び最下位に転落。シーズン終了後、チームの醜態に愛想を尽かしたザンパリーニは突然、ヴェネツィアの会長を辞任することを決意する。<br />
レガッツィ記者が続ける。「ザンパリーニがヴェネツィアを離れた背景には、市側と新しいスタジアムの建設をめぐって意見が対立していたことがあります。彼は、就任中何度も、ショッピングモールや高級ホテルを組み込んだ近代型のスタジアムをヴェネツィアの島の中ではなく、“テッラ・フェルマ”（動かない土地という意味。ヴェネツィア人は、イタリア本土のことをこう呼ぶ）に建設する案をヴェネツィア市側に打診してきました。しかし、行政側の答えはいつも『ノー』だったのですよ。選手がモーターボートで会場入りすることで知られるヴェネツィアのホームのスタディオ・ペンツォは、1913年の建造で重要文化財となっており、大規模な改修ができませんでした。そんな八歩塞がりの状況と度重なるファンとの衝突に疲れ果てたザンパリーニは、ついにヴェネツィアを捨て、シチリアのパレルモに新天地を求めたのです（拙著「サッカーとイタリア人」第??章参照）。ザンパリーニは、カルチョをこよなく愛する人物です。しかし、彼はサッカー愛好家であると同時に、野心的な資本家でもあります。彼にとって、カルチョはビジネスの一手段でもあるのですよ。だから、彼は、自分の野望が、この水上都市で果たせないと分かるや、さっさと匙を投げ、大規模な資本投資が可能なチームへと去っていってしまったのです」<br />
<br />
<a href="images/v002.JPG" target="_blank"><img src="images/v002.JPG.300px.jpg" width="300" height="200" alt="" class="pict" /></a><br />
<span style="font-size:x-small;">「ヴェネツィアのホーム・スタジアム、スタディオ・ピエールルイージ・ペンツォ。１９０７年設立と古い歴史を持つ」</span><br />
<br />
<a href="images/v003.JPG" target="_blank"><img src="images/v003.JPG.300px.jpg" width="300" height="200" alt="" class="pict" /></a><br />
<span style="font-size:x-small;">「選手がモーターボートで会場入りすることで有名」</span><br />
<br />
ザンパリーニという資金源を失ったヴェネツィアは急激にチームが弱体し、04−05シーズンにはセリエBからも陥落。現在は、セリエC1という名のカルチョの深い海に沈み続けている。（第2回終了）</span></blockquote>
]]></content:encoded>
    <dc:subject>サッカーとイタリア人＜番外編＞</dc:subject>
    <dc:date>2009-04-21T11:48:23+09:00</dc:date>
    <dc:creator>小川　光生</dc:creator>
    <dc:rights>小川　光生</dc:rights>
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    <title>ちょっと前の話になりますが…</title>
    <description>少し前の話になりますが、WBCは、僕もヴェネツィアの自宅でコンピューターを使って観ていました。サッカーの仕事を結構長くやっていますが、実は野球も相当好きです。キューバ、アメリカに勝ち、最後、韓国にも勝ち越して（と言うか、何で5度も同じチームが対戦するような...</description>
<content:encoded><![CDATA[
少し前の話になりますが、WBCは、僕もヴェネツィアの自宅でコンピューターを使って観ていました。サッカーの仕事を結構長くやっていますが、実は野球も相当好きです。キューバ、アメリカに勝ち、最後、韓国にも勝ち越して（と言うか、何で5度も同じチームが対戦するような形式なのかよく分かりませんが）、しかもイチローの決勝打で優勝が決まるという日本にとっては、最高の展開になりましたね。イチローが林からセンター前にはじき返した時には、僕もイタリアで、しかも深夜に思わず「よっしゃ！」と叫んでしまいました。<br />
ただ、イタリア国内でのWBCの報道ということになると……。代表が出場していたのにも関わらず、ほとんどないに等しい状況でした。まあ、代表といっても、実際にはイタリア系アメリカ人のチームであり、イタリア人のほとんどは、WBCに全く興味がないというのが実情だったでしょう。基本的に、イタリアのほとんどの人は野球自体、どんなスポーツなのかを全く知りません。<br />
それでも、3月25日の『ガッゼッタ・デッロ・スポルト』紙には「サムライの勝利、チャンピオン、日本」という見出しで、WBC日本優勝の記事が載りました。イチロー、ダルビッシュ、松坂の写真付きで。ただし、掲載面は31面（全部で40面）、しかもお世辞にも大きいとはいえない記事。延々とサッカーの話題が続いた後、F1、自転車競技、バスケット、バレーボール、フィギアスケート、競馬、陸上競技と続き、ようやくWBCの記事が出てくるという有様。まあ、自国のバレーボールの代表チームが優勝しても一面は常にカルチョ、そういう国ですから、仕方がないとも言えますが。<br />
<br />
<a href="images/20090404.jpg" target="_blank"><img src="images/20090404.jpg.300px.jpg" width="200" height="300" alt="" class="pict" /></a><br />
<br />
ちなみに、記事の中では、「イチローは、あるアンケートで平成天皇の次に人気のある日本人に選ばれた」とか「ダルビッシュのお父さんはイラン人で、（その彼がWBCチャンピオンになったことは）、アメリカを間接的に愚弄したことにもなる（おそらく中東での戦争のことを絡めて言っているんでしょう）」などと書かれています（苦笑）。あるアンケートって一体……？<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>Message</dc:subject>
    <dc:date>2009-04-02T06:57:03+09:00</dc:date>
    <dc:creator>小川　光生</dc:creator>
    <dc:rights>小川　光生</dc:rights>
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